中学時代

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友だちを選ぼう

中学生活の送り方

 中学校生活の送り方について、生活面、学習面、教育面からお話していきたいと思います。

12~15歳の生活

 友達を選びなさい!
 こんなことを言われるたび、『友達なんか選べない!』なんて反発していました。
 人間は皆、平等であって、みんな同じ存在!学校で出会う友だちはみんな良い奴!みんな仲良し!それを選ぶなんて良くないことだ!…って、小学校だけでなく幼稚園で教わったことをそのまま信じ切っていたんですね。それで中学校に上がってもそれは同じことで、みんなと仲良くしなきゃいけないって、信じ込んでいました。    
 ところが、それは大間違いでした!
 残念なことに、私がそれに気づいたのは、大人になってからでした。

 人間は不平等な存在です。 決して同じではありません。しかし、私が受けた教育では、それを認めてくれませんでした。どんなに背格好が違っていても、どんなに顔が違っていても、皆、同じなんだと強要される教育を受けてきました。これを指摘すると、すぐ次に帰ってくるのは『人間は外見じゃない。中身だ!』でした。中身だって全く違うのに、考え方だって全く違うのに、同じ考えを持つように強要されたのです。  その結果、学校は歪んだ我慢の修行場であって、どんなに今生の曲がった奴でも、どんなに合わない嫌な奴でも、同じクラスメイトなら仲良くしなければならない。仲良くしなければ怒られる所でした。今考えると、本当に恐ろしい環境でした。

 歴史分野や公民分野で学習すると思いますが、1945年8月15日に戦争が終わって、日本の戦後が始まりました。戦争を知らない世代の私は、その戦後の、高度経済成長期に生まれました。戦後の何もない日本を経済復興させるためには、新しい教育が必要でした。その教育は、戦前戦中の軍事教育ではなく、よい社会人、優秀な労働者づくりのための教育でした。
 優秀な労働者ってどんな人たちか考えれば分ると思いますが、工場で働く時、しょっちゅう喧嘩なんてしてたら生産性が落ちるのが当然です。上司に言われたことに疑問を抱かず、文句を言わず、周囲とは仲良くやりながらお金持ちをもっとお金持ちにさせるために黙々と働く“優秀な労働者”が、戦後の経済復興には必要だったのです。
 そのための教育が、上で述べた私が受けた教育でした。そういう時代だったんですね。でもね。しっかりと思ってください。嫌な人間と無理に付き合わなければならない理由はないんです。ムカつく奴と仲良くしなければならない理由なんてないんです!!

 もちろん、社会に出てからそんな真似は出来ません。けど、安心しましょう。悪いことをする中学生は“素行不良”で片付けられますが、同じことを大人の世界でやったら、立派な犯罪です!良く言われる『いじめは犯罪』というのもそうですが、大人の世界での素行不良は立派な犯罪行為なのです!

 嫌な奴を嫌だと感じる時、相手に何らかの問題があって嫌だと感じるはずです。もちろん外見や出自、家柄、家庭環境といった自分とは無関係なことで嫌うのは、これ自体が立派な犯罪ですが、そうでない限り、例えば理不尽なことを平気で言ったりやったりするような嫌な奴なら、立派な犯罪です。その犯罪を無理やり受けなければならない理由は、中学生にだってないはずです!だから、我慢しなくていいのです!!

 もちろん、中学校は学校であって教育の場です。将来、大人になった時に困らないよう指導するのが中学校です。
 ですから、このような理不尽な話しでも、教育現場としての現象なら、それは自分にとって教育になりますのでしっかりと受けましょう。
 けど、違うでしょ?教育でも何でもなく、ただそういう『嫌な奴』をのさばらしてるだけでしょ?

  

悩まなくていいんだよ!

  

友達は選んで良い!嫌な奴と付き合わなければならないのは、それはただ、学校というところが『教育の場』というだけのこと。卒業したら付き合う必要なんかない!

 

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