面接試験対策③

面接の受け方

解説

 お話をつづけましょう。

中立信仰

 中立という言葉があります。また中立の意見という言葉もあります。けど、中立の意見とはどのようなものなのか、はたまた本当に存在するものなのか、私には非常に疑問です。このページでは『面接』を扱っていますが、小論文にも通じることです。
 例えば、AさんとBさんがケンカをしたとします。そこへCさんが入り、AさんとBさん両方の言い分を聞いたとします。そして、そこでAさんが悪いと判断します。これって中立でしょうか?中立でも何でもありません。
 中立とは、聞くだけ聞いて何もしないことをいうのです。
 これについて有名な話があります。いつだったか忘れましたが国連事務総長が言った言葉です。『私は中立主義者だ』という言葉です。
 お互いの言い分を聞くことは大切なことです。そして、それぞれの言い分を聞いた上で自分なりの判断を下すのは大切なことです。これは『自分の意見』です。っていうより、小論文で求められる能力です。しかし、この『自分の意見』とは、『自分の意見』である以上、その人の判断は、その人個人が持つ人生経験、人生観、道徳観、宗教的倫理等に基づくものなのです。
 つまり、前述の例で言うなら、AさんとBさん両方の言い分を聞いたとは言え、その間に入るCさんの意見はあくまでもCさんの価値基準なのです。
 戦争反対を唱えるのは中立でしょうか?
 それはとんでもない誤りです。
 実際に外国人と付き合ってみれば分かりますが、海外には『正義』という価値観が重視される国があります。そして、正義のためなら人を殺すのもやむを得ないと考えています。
 こんな話しをすると、すぐにアメリカ一有名なオジサンの顔が思い浮かびますが、かなりの外国人が同様の価値観を持っています。
 では、日本人はどうでしょうか?
 そう。過去の戦争への反省から、『戦争とは殺人行為であり、どのような理由があろうとも悪いことだ』と考える人が大勢いるでしょう。
 どうでしょうか?
 このように価値観が違うのが当り前なのが世界です。そうなれば日本人の多くが信じている『戦争反対』という立場が中立ではないことが分かると思います。
 自分の意見をいうとは決して中立にはなれないのです。
 実は、これまでの学校教育というのはこの『中立』を錦の御旗としてきました。
 子どもが何か意見を言っても一方的に『偏っている』とか『君たちには難しい』と決めつけ、思考させるどころか意見を潰し続けて来たのです。その結果、自分の頭では思考できない、自分の意見が言えない若者を世に送り出してきました。そして、その若者が大人になり、今のような社会を作ったのです。
 このような反省のもとに生まれたのが現在の入試制度です。
 もちろん、最初に言ったとおり、ロクに意見等言わなくても合格できる、いや、言わない方が合格できるような大学は沢山あります。しかし、ここで話しているのはそうではない『まともな大学』であることを確認して起きましょう。

意見を言うとは

 このサイトは結構手が込んでいて、CGIというプログラムがいたるところで使われています。その代表的なのが掲示板です。そして、そのCGIというプログラムを勉強すると、必ずパールというプログラムを耳にするでしょう。
 あまり難しいことを書くと眠くなるので避けましょう。
 ただ、とりあえず、説明します。
 私がパソコンをはじめたのは90年代の初めだったと思います。その頃、生まれて初めて買ったパソコンが『X68000』というパソコンです。これは一部のマニアとパソコン好きな大人が知っているような代物です。このパソコン、当時はとにかく面白かったのです。『自分でプログラムをし、ゲームを作ろう!』というコンセプトで作られたもので、私もその感覚で買いました。そして、当然、プログラムを学びました。そこで経験したのがB(ベーシック)とC(C言語)でした。・・・って、これまた眠くなりそうなので、BもCもプログラムの名前だと思ってください。
 さて、私がこのサイトを作り始めたとき、CGIというプログラムを知りました。そして、そこからパールというプログラムを耳にするのですが、先日読んだ本に面白い話しが出ていたのです。
 その本の一説に『パールは古い』だの『非常にグロテスク』だのと書かれてありました。もちろんそれが意味するものが何なのか、私には全くわかりませんし、パールなんて書けやしません。
 しかし、その説明に出てくる言葉がかつて学習したときに目にした言葉ばかりだったのです。また、著者が始めたころの年代を私とマッチしていて、ついつい『同世代』のような錯覚にとらわれてしまったのです。そして、そこに出ている懐かしい言葉から『わかる』と勘違いしてしまったのです。
 そこで、私が『パールなんて古い』『BやCに比べ、グロテスクだ!』などといったらどうでしょう?
 そう。身の程知らずというものです。
 それ系のマニアが集う掲示板あたりに書こうものなら袋叩きに合うでしょう。
 つまり、そのプログラム言語の中身はおろか、文法すら学んでいないのに、ただ本を読んで『わかったような錯覚』を抱いただけでは自分の意見なんぞ言えないのです。
 自分の考えを述べるというのは非常に難しいもので、たいていの場合、考えというよりはただの好き嫌いになってしまいます。ただの好き嫌いは意見でも何でもありません。幼稚園児にでも言えることでしょう。
 自分の意見というのは、自分の頭で考え、判断した結果のことなのです。
 私が『パールなんて古い』と言った時、それは判断でも何でもありません。パールの中身なんぞ全く理解せず、本に書いてあったことをそのまま好き嫌いで感じたに過ぎません。それを意見として言ったところで無視されるだけでしょう。
 では、私が『自分の意見』を言うのは無理でしょうか?
 そんなことはありません。
 例えば、私はパールの中身を全く知りません。CGIも素人です。けど、私がこれらを学ぼうとしたことで気がついたとこは沢山あります。CGIを使えばちょっとしたことで個人情報が抜き取れること、ホームページ閲覧者に悟られることなくスパイソフトを閲覧者のパソコンに忍び込ませることができること、それも非常に簡単に作れてしまうこと。実際に作ったりはしていませんが、これらの事実を知ったことで色々な考えが生まれます。
 最近、指紋認識セキュリティーだの、顔認識機能だの、パソコンのセキュリティーに関してテレビで宣伝していますが、私のような人間がちょっと勉強しただけで個人情報が簡単に取れるんなら、もっとすごい奴は、これらの情報なんか簡単に盗めちゃうじゃないか。これらのセキュリティーにも非常に疑問がある。
 こんな意見は言うことができるのです。
 つまり、意見には『専門的な知識を知らなければ言えない意見』と『そんな知識、知らなくても言える意見』があるのです。
 面接試験や小論文試験で答えるのは、そのうちの『知らなくても言える意見』なのです。面接でもパールの構造についてなんぞ聞いてこないでしょうし、パールには4と5があって、その仕様の違いについて、なんてのも聞かれません。それらを学びに大学へ行くのですから。けど、何らかの過程で感じたり考えたものはあるはずです。それを言えばいいのです。
 私は専門的な知識を知らないが故にセキュリティーの恐さを実感し、それを意見にする事ができます。しかし、もし専門的に知識(技術)を身につけたら、恐らく考えが変わるでしょう。私の性格からして、神にでもなったつもりで、いろいろなことやっちゃうんじゃないでしょうか(笑)。
 因みに、こんな恐い素質を見ぬくのも(理系では)面接試験の役割です。
 …って、例としては難しかったかなぁ。

 自分の意見って何でしょうか?
 時々、先生や参考書は『新聞や本に書いてある意見を自分の意見のように表現すること』などと指導したりします。
 それが通用するのは、『今は昔』です。

 

面接質問集
リラックスして臨もう!
完全な中立なんてありえない。にも拘らず、日本社会は中立を信仰し、ただフィーリングで物をいったことに同調するだけの社会でした。けど、それではダメなんだと、多くの人が気づいたのです。

 

  

解説③